先日「ハリウッドとマッカーシズム」という本を読んだばかりの山小舎おじさん。
続いて「レッドパージ・ハリウッド」という本を読んでみた。
なぜに映画界が赤狩りの主なターゲットとされたのか?
そこにはユダヤ人などへの差別はあったのか?
それとも左翼勢力と「民主国家」アメリカの価値観との覇権争いが本質だったのか?否か。
「レッドパージ・ハリウッド」 2006年 上島春彦著 作品社刊
定価3800円、399ページの大著を吉祥寺の古本屋で2000円で思い切って購入。
帯に「映画ファン必読の労作ー蓮見重彦氏絶賛」の文字が踊る。
本のタイトル、ボリュームからして、ハリウッド赤狩りの歴史的経緯と評価が体系的、時系列的に網羅された内容を連想する。
読んでみて、著者がハリウッド赤狩りの歴史的、時系列的解説に興味のないことがすぐ分かった。
本書は、チャップリンがドイツからの亡命人作曲家で左翼のハンス・アイスラーにかかわりがあった、という話から始まり、「ライムライト」撮影後に共産主義者としてアメリカを追われたチャップリンの話へと続く。
その後も赤狩りの時系列的、歴史的経過に著者の関心はなく、ジョン・ガーフィールド、ベン・マドウ、フィリップ・ヨーダンといった俳優、脚本、製作者の個別の話が続く。
これらの登場人物は、赤狩りの犠牲者だったり、赤狩りでブラックリストに載った脚本家の「フロント」(名義貸し)だったり、一連の「赤狩り事象」に深く関係した人たちだった。
が、日本ではあまりなじみのない人物でもある。
著者は彼らの経歴のみならず、演劇・映画の作品の背景(作品完成に至る、人物関係、業界関係など)に分け入り、また枝分かれした先の情報をたどってゆく。
そこに確証のない情報だったり、著者の推測が混じる。
本書「はじめに」によれば、「著者の関心は普遍的部分にはなく」また「本書は基本的には年代記ではなく人物伝の形式をとる」とある。
本書はハリウッド赤狩りに関心のある初心者用に書かれたものではなく、ある程度の時系列的事実を押さえた者でかつ映画史の周辺に興味を持つマニア向けに書かれたものだ、ということがわかる。
なるほど蓮見重彦氏が推薦文を書くはずである(文体、文脈も蓮実氏と似ている)。
赤狩り時代を題材にした、ハリウッド人物伝として読めば、豊富な裏話(確証のないものも含めて)に溢れる本書は確かにマニアにとっては面白い。
本書が採り撃揚げた人物には以下のような映画人がいる。
ジョン・ガーフィールド 俳優
1913年ロシア系ユダヤ人の移民の息子としてニューヨークに生まれ、ストリートキッズとして少年時代を過ごし、16歳の時にメソッド系の演劇レッスンの練習生となる。
左翼系の演劇集団グループシアターで売り出し、ハリウッドに進出。
自らの経歴を生かすようなストリートキッズ役で脚光を浴び、ジェームス・ギャグニーの後継者としての評価を得る。
独立プロを作ったガーフィールドは、エイブラハム・ポロンスキー脚本、ロバート・ロッセン監督で代表作「ボデイアンドソウル」を製作する。
1951年、共産主義シンパとして非米活動委員会の召喚を受けたガーフィールドは、自らを「共産主義者でもないし、その思想に共鳴もしない」と議会で証言。
ただし、仲間の名前を出すことは拒んだ。
1952年、ガーフィールドは知人女性の部屋で死亡。
自死ともいわれたが、最近では持病の心臓発作によるものと思われている。
赤狩りのストレスが間接的な死因であることは自明。
フィリップ・ヨーダン 脚本家、製作者
1914年シカゴ生まれのポーランド系ユダヤ人。
「犯罪王デリンジャー」(1945年)を製作しヒット。
「大砂塵」「折れた槍」「バルジ大作戦」などの脚本、製作を経て1990年代まで映画製作に関与した人物。
筆者が特に関心を寄せたのは、このヨーダンがブラックリストに載った脚本家を起用し、そのフロントとなったことが多々ある(のではないか)という点。
「最前線」の脚本でブラックリスト作家ベン・マドウのフロントを務めたとのこと。
このヨーダンなる人物、メジャースタジオの内部で働いてきたわけでもなく、脚本家としての実績もあいまいで、いかにも胡散臭い人間(独立系映画プロデューサーとはかような人物をさす)。
著者にとっても、どの作品がブラックリスト作家のフロントだったのか確証がない。
本書からは「いかがわしい映画人」以上のヨーダン像が伝わってこない。
ただし、日本人がほとんど論評してこなかったヨーダンなる映画人に、スポットライトを当てた点だけは意味があるのかもしれない(まったく意味のないマニアの自己満足なのかもしれないが)。
エイブラハム・ポロンスキー 脚本家、演出家、映画監督
ユダヤ系の薬剤師の家庭に生まれ、社会主義の家風に育ちコロンビア大学を出て弁護士の資格を持っッテイタポロンスキーは、小説家志望から劇作家となり、ハリウッドでの活動に至った。
主に脚本家で活躍する。
監督処女作は「フォースオブイーグル」。
1951年には盟友ジョン・ガーフィールドに次いで非米活動委員会の召喚を受けた。
ガーフィールドを除く仲間の密告によるものだった。
ポロンスキーは筋金入りの共産主義者で、人種差別と偏見に基づく非米活動委員会の召喚リスト中でも「唯一追放に値するハリウッドの共産主義者」といわれた。
ブラックリスト入りで早々にハリウッドを離れたポロンスキーはニューヨークの演劇界に戻り、50年代をテレビの台本執筆などで過ごした。
この時期1959年にはロバート・ワイズ監督、ハリー・ベラフォンテ主演の「拳銃の報酬」でノンクレジットながら脚本を書いている。
「拳銃の報酬」は、偏見に満ちた白人が、犯罪仲間の黒人と協同する中でお互いの理解に至るまでを描いた犯罪映画。
著者は「善意の黒人を白人が受け入れる、というそれまでのプロット(「手錠のままの脱獄」などでシドニー・ポワチエが演じる善良な黒人のイメージ)から一歩進んで、ありのままの黒人が白人の理解を得る、という、より進歩的なプロットを描いたもの」(山小舎おじさん要約)と評価している。
エリア・カザン 演出家、映画監督
トルコ、コンスタンチノーブル(現イスタンブール)出身のギリシャ系。
移民とはいえ絨毯で財を成していたおじさんにより裕福な生活を送る。
学生時代から演劇に親しみ、左翼系演劇集団グループシアターでジョン・ガーフィールドなどと親交を結ぶ。
この時期に共産党に入党し、のちに脱退。
1952年非米活動委員会の召喚を受けたカザンは、委員会の活動を全面支援するとともに、共産党シンパの名前を10名近く挙げた。
この密告について著者は、「ハリウッドで監督として商売する以上は、非米活動委員会に協力するよりほかにない」(山小舎おじさん要約)状況だったと述べている。
事実、密告したエドワード・ドミトリクもエリア・カザンも、ロバート・ロッセンも、もともと監督としての実力があったにせよ、(密告をした)50年代以降の監督としてのキャリアはそうそうたるもので、非協力を貫いたポロンスキーとは見事な対比を見せている。
陸井三郎著「ハリウッドとマッカーシズム」中のアーサー・ミラーによっても、本書著者の上島春彦によっても、「救いようがない」と両断されたカザンの行動。
仲間を売るという行為が、ハリウッドで演出家が生き残るための当時唯一の手段だったとはいえ、その後も自分の裏切りに開き直り、売った仲間を誹謗し続けたカザンの人間性を非難している。
また、著者はカザンが自伝やのちのインタビューで盛んに強調したという、「自らの移民としてマイノリテー性」なる「被害者意識」にしても、恵まれた幼少時代からの生活ぶりなどを理由に切り捨てている。
まとめ
時系列を無視し、著者の興味と知識(確証がない部分も含めて)の赴くまま、自在に時空を超えて展開するブラックリスト人の映画ワールド。
混乱する展開が多々あるとはいえ、「映画マニア」としての著者が思わず熱を込める筆致が、えもしれぬ魅力を発していたのも事実。
本書の切り口、端はしに顔を見せるマニアックな豆知識の数々。
例えば・・・。
ブラックリスト中では有名人のドルトン・トランボが、「ローマの休日」の原案者だった?とか、トランボの別名執筆といわれている「黒い牡牛」だが、背後はそんな単純なものではなさそうなこ話。
「ボデイアンドソウル」のユダヤ人母親役が「緑園の天使」でエリザベス・テーラーの母役を演じた個性的なアン・リヴェアという女優である話。
などなど。
何やかんや言いながら、映画ファンの端くれ・山小舎おじさんもつかの間、映画の光と影にが作り出す渦に巻き込まれ、夢を見させてもらったような読後感でした。
筆者の関心は、ユダヤ人問題にも、左翼問題にもなく、ひたすら映画マニア的な人物関係にあったような気がします。
本書の値段が高いのは読者層が非常に限られているからでしょう。