名画座・渋谷シネマヴェーラの特集で「火の鳥」という1956年の日活映画を観たが、よかったので感想を書きます。
同作品は「あなたは猪俣勝人を知っているか」という脚本家・猪俣勝人の特集の一本として上映されました。
この特集の目玉は猪俣自身が監督をやっている「殺されたスチュワーデス 白か黒か」(1959年)という作品です。
この作品は、同年発生したBOAC(英国航空)の日本人スチュワーデス殺人事件(重要参考人として警察に事情聴取中だった、カソリック修道院のベルギー人修道士が事情聴取期間中に突然帰国して迷宮入りとなった)を題材としており、16ミリで残っていたフィルムをデジタル修復したものとのこと。
題材ゆえに大映配給による封切り期間も短く、また名画座上映時にも短縮版がかけられていたとのこと。
今回の完全版の上映は貴重な機会だったようです。
作品は当時若々しかった田宮二郎が扮する事件を追う新聞記者の熱気が画面を支えていました。
さて、当日ついでにもう一本、と観たのが「火の鳥」。
伊藤整の原作で、劇団の主役として、座長の愛人として、映画スターとして輝く主人公の、過去現在の遍歴と未来への希望を描いた作品です。
映画史に残るような作品でもなく、監督井上梅次、主演月丘夢路の代表作でもなく。
若干話題性のあるプログラムピクチャアという扱いの作品です。
これが拾い物というか、映画的興奮に満ちているというか。
主演の月丘夢路の美しさに見とれました。
1922年生まれの月丘夢路は当時34歳の女ざかり。
宝塚トップスターだった美貌と勢いに加えて落ち着きも出てきて、彼女が映ると画面が華やかになります。
魅力的な女優さんの全盛期を追体験できたことに映画ファンとして感動せざるを得ない。
とにかくきれいで、アップが映えて、目力があって・・・。
登場のファーストカットからただならぬ目力に圧倒された女優さんに「暁の脱走」(1950年 谷口千吉監督)の山口淑子がいました。
日中戦争時の日本軍の前線に同行する歌手(原作では慰安婦)の役。
山口淑子のファーストカットが忘れられません。
日中戦争のはざまを潜り抜け、茫漠たる大地の彼方と己が運命を見据えたかのようなその視線と決然としたその立ち姿。
その大きな目玉は、まるで諸星大二郎の漫画の主人公のまなざしを実写化したかのように、見るものをして一瞬のうちに、中国大陸の砂塵と歴史へと誘うかのようでした。
この日のおじさん。
山口淑子ならぬ「火の鳥」の月丘夢路のまなざしによって、宝塚の少女歌劇か、はたまた東洋のハリウッド・日活撮影所の夢舞台へか、魂がさ迷わんばかりでした。
こうなれば単純な映画ファンの心など一丁上がり!
手慣れた撮影所の職人技に身も心もゆだねるしかありません。
テンポよく場面が展開、俳優の演技にも無理無駄がありません。
月丘夢路の相手役には、映画初出演の仲代達矢をはじめ三橋達也、大坂志郎、女優陣では山岡久乃、中原早苗の布陣。
それぞれ、芸達者だったり、力が抜けて絶妙だったり、ベテランだったり、若さがはじけていたり。
役柄はステレオタイプなのですが、徹底した「定番」の魅力がありました。
また、月丘夢路の屋敷だったり、劇団の事務所、打ち上げの飲み屋、劇場裏などのセットが「定番」通りとはいえちゃんと作られているし、様になってもいました。
1950年代の映画撮影所の力量です。
劇中の映画撮影シーンでは、当時の真新しい日活撮影所の屋外の景色やセット撮影の様子が映し出されるのも心躍ります。
北原三枝、芦川いずみ、長門裕之らが実名で現れる場面では、浅丘ルリ子や岡田真澄の顔も見えます。
ラストシーンで劇中劇の階段を主役として堂々と下りる主人公がダンスの相手をするのは三国連太郎ではないか!
井上梅次監督のこういった演出は映画ファンの心を揺さぶるツボを心得ていて、ニクいばかり。
当時の日活撮影所自体の若さ、夢、希望を掬い取ってもいる。
映画デビューの仲代達矢は、「仲代達矢が語る 日本映画黄金時代」という新書で、「撮影初日から茅ケ崎の海岸でラブシーンでしたがやっぱり震えるんですよ。すると月丘さんに、なに男のくせにってお尻を叩かれました」(同書33ページ)と回想しています。
当時俳優座3年目の仲代の抜擢を羨んだ俳優は大勢いたことでしょう。
デジタル版の上映で鮮やかによみがえった1956年の日本映画の豊かさに満足して劇場を後にしました。