下諏訪町にある町立諏訪湖博物館と諏訪市の諏訪市博物館がコラボして、「諏訪信仰と仏たち」という特別展示をしているので行って見た。
まずは諏訪湖畔に建つ、下諏訪町の町立諏訪湖博物館へ。
こちらは、地元出身のアララギ派の詩人、島木赤彦の記念館と併設した建物。
博物館の展示内容は、諏訪湖の遺跡や自然、漁業方や道具の展示解説がメイン。
今回の特別展は別室に展示されていた。
特別展移管しては撮影禁止だった。
内容は諏訪信仰の解説と、神仏習合時代に諏訪大社下社秋宮に隣接していた神宮寺についての解説。
下社神宮寺には三重塔まであったという。
秋宮の向かって右奥、今の駐車場の場所から奥に神宮寺はあったとのこと。
また展示内容として、諏訪信仰と切っても切れない鹿食などの肉食の習慣についての解説があった。
それによると、諏訪の神様というのは戦いの神で、武家からの信仰が厚かったため、武家が行う狩猟を仏教などの信仰に適合させるための方便として発達した、との解説だった。
後日、諏訪市博物館へも行って見た。
こちらも別室に特別展示を行っていた。
諏訪市にある上社本宮と茅野市の前宮の間に神宮寺が立ち並んでおり、門前町が栄えていたとのこと。
今は本宮に隣接する法華寺だけが旧神宮寺として残っているそうです。
長い神仏習合時代には、諏訪大社上社にも寺院や宿坊が存在したこと、明治維新後の神仏判然令により廃仏毀釈運動が起き、寺院が壊され、仏像が廃棄されたこと。
寺院は壊される前に測量して図面が残されており、仏像は別の寺院や神社に隠されたこともわかります。
図面により再現された上社神宮寺の五重塔の模型や、神宮寺の絵図などには歴史の重みを感じます。
諏訪市博物館には常設展示物としいて、廃仏毀釈を免れた如来像などもあります。
また、諏訪信仰に対するこちらの博物館の解説のトーンとして、信仰の本質を単に戦の神様としてとらえるのではなく、もっと古い土着の信仰としてとらえているような気がします。
諏訪大社の上社と下社の歴史、風土の違いなのでしょうか?