ラピュタ阿佐ヶ谷の今日の特集は「日本推理小説界の巨匠・松本清張をみる」でした。
特集の目玉はニュープリント上映の2本、「黒い画集・あるサラリーマンの証言」と「愛のきずな」でしょう。
「黒い画集」は小林桂樹がシリアスな役を演じており、小心なサラリーマンが身の程も知らずに若いOLを囲ったことから引き起こされる身の破滅を描いたもの。
1960年の作品です。
高度成長期とはいえ、中堅企業の中間管理職が郊外に庭付きの一戸建を持つのはいいとしても、返す刀?で、部下のOLを国電大久保駅近くのアパートに囲うなど、そんなことができた時代だったのか!?と感慨も新た。
愛人のアパートに仕事帰りに寄っては、窓を開け、ステテコ一丁になってビールを飲み、事後のんびり自宅まで帰ってゆく小林桂樹。
当時のアパートとてドアに鍵もかけていない。
小市民のサラリーマンが浮気をするのにこんなにわきが甘いなんて!これが「時代」というものなのか?
案の定、愛人アパートから出たところで、思いもよらず自宅の隣人と会い、そのことが身の破滅につながってゆく。
愛人を演ずるのは、新東宝スターレットでデビューし、東宝へ移籍した原知佐子。
当時24歳で若さがはじける演技派女優は、職場シーンでの事務服と、アパートで上司を迎える時の若さ溢れるショートパンツ姿の対比も鮮やかに、若い愛人役の裏と表を熱演していました。
そしてこの日観たのが「愛のきずな」。
主演の園まりが所属していた渡辺プロと東宝の1969年の提携作品。
当時、中尾ミエ、伊東ゆかりと3人娘で売り出していた園まりは独特の色気とねっとりとした歌唱力と、おじさん好みの丸顔で、すでに独自のキャラクターを築いていた。
「逢いたくて逢いたくて」など、当時10歳以上の日本人なら誰でも知っているヒット曲を連発し、アイドル歌手として不動の地位にあった。
余談ながら、当時はアイドルであっても歌手である以上、歌唱力があるのは当たり前で、歌のヘタなアイドルが出てきたのは後になって浅田美代子(山小舎おじさんと同い年)が現れるのが初めての時代でした。
園まりは当然ながら素人がまねのできないレベルのプロの歌手だった。
まだ若さの残る藤田まことが車を運転する夜のシーンから始まる「愛のきずな」。
テーマ曲の「一人にしないで」をバックにメインタイトル。
早くも鮮やかな歌謡映画のムードに支配される館内。
上映後の園まりのトークショーにも期待が高まる。
藤田まこと演じる小心なサラリーマンが現実逃避の浮気の末に身を破滅させるストーリー。
藤田が迷う浮気相手が園まり扮する謎の女。
園まり扮する謎の女は、服役中の夫がいる身の上を隠して藤田と付き合い、小心者藤田に霧ヶ峰山中で絞殺(未遂)される。
ほとぼりが冷めたと思われる頃、岡谷の喫茶店の売れっ子ウエイトレスとして藤田の前に偶然現れる園まり。
ただし記憶喪失の別人格の人間として。
もともとが犯罪サスペンスである上に、園まり自体のミステリアスな色合いが重なり、場面転換の度に流れる「一人にしないで」のメロデイーが効果を挙げ・・・。
美しさの絶頂期の園まりと、ニュープリントの色調も鮮やかなカラーで再現された〈夢か現か幻か〉の映画的世界の恍惚。
映画はこうでなくちゃ!
藤田まことがハマっている。
小林桂樹を少し若くした年代の小心者サラリーマンを無理なく好演。
表面上は社会(会社)に適応し、うまく世の中を渡っているかのように見えて、心の底にある不満がふと顔を出し、よしゃあいいのに・・・というやつ。
当時の管理職は出前を取って自分の机で昼飯を食べていたのですね。
課長より安めのうどんを取り、課長より後に配膳しろと出前持ち(左とん平)に文句を言う藤田の小物ぶりにうなされます。
かつて日本の男優は兵隊役が似合うといわれていた(女優は娼婦役)が、時代は変わり、「分不相応な浮気をし、身の破滅におののく小心者」が、その似合う役柄になっっていたのかもしれない。
藤田が会社の専務から押し付けられた、かつての不良娘(現在の女房)が、この時実年齢32歳の原知佐子。
髪にカーラーを巻き付けたネグリジェ姿で登場した彼女は、終盤近く浮気現場に乗り込んで「もともと愛してなんかいない。あなたの役割は会社へ行ってこれまで通りにすること。明日から平日ですから早く帰って寝ることね」と宣告し、藤田をさらに絶望させる。
実力派女優はこの作品でも絶好調でした。
上映後のトークショーに登場した園まりさんご本人。
遠目ながら独特の美しさは健在の様子。
映画についてはあまりいい記憶はないようで、「当時24歳でヒット曲が少なくなり、渡辺プロが企画したものなのでしょう」「この作品も私自身あまり見たくない」と言葉があまり出てこない。
それでも聞き手に話を振られ、(首に手をかけられる絵柄の)ポスター撮影中に原作者・松本清張がサプライズ訪問したというエピソードを披露。
当時は結婚寸前の大恋愛をしていたとのこと。
歌の話になると段々に言葉が出てくるようになり、「中尾ミエにいじめられていて3人娘の復活にも気が進まなかったが、現在では仲良くなった」「伊東ゆかりとは今でもよく電話する仲」と。
司会者から、「逢いたくて逢いたくて」のレコーデイングでは作曲の宮川泰さんから、色気がありすぎるとツーテイク目を指示されたというエピソードを紹介され「色気も何も一生懸命歌っただけ」と回答。
当時のプロの歌手の職業意識がうかがえるエピソードでした。
本人が意識しない当時の色気は、現在だったら「あざとい」といわれるレベル。
園まりのキャラクターは、唯一無二の個性であることをうかがわせる。
この日は、〈プロの芸能人〉の、その全盛期の姿を観た。
そこには切り売りされた芸能の見事さにとどまらない、芸能人の存在そのものが映し出されていた。
日本の文化は、映画は、芸能は、奥が深い。
ヘヴィローテーションで脳内を駆け巡る「一人にしないで」のメロデイーとともに、ただひたすら感じ入る定年おじさんでした。